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2011年10月30日 (日)

たも屋のかけうどん(冷)。

うどん好きなんやけど、
最近気に入っているのが桜製麺とたも屋。
どっちも香川風のセルフ店。

たも屋は、はじめて行った時はそれほどいい印象やなかったけど、
セルフ店ならではの気軽さもあって、最近、二回くらい行った。

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ここのとこ急にすずしくなってきたけど、
ついこの間までは暑かったので、かけの冷たいのがおいしかった。

このお店は、ねぎや天かすだけじゃなくて、大根おろしやわかめも入れ放題。
冷たいダシに大根おろしを入れて食べたらおいしいです。
ダシが冷たいやつなので、うどんのコシもしっかりしてて気持ち良い。

かけは、特大で380円。

■ たも屋 松山平井店
  愛媛県松山市平井町

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ハロウィンですよ、小松のマルブン。

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見てこれ(笑)。

ハロウィンメニューのひとつ、こうもりの血まみれ卵。
味は普通のオムライスやったけど、見た目がすごい。
ネーミングセンスもすごい。遊びゴコロ満載。
他にも、やばげなメニューがいろいろありました。

この頃、週末の雨が多いね。今日も雨の日曜日。

西条方面に行く用事があったので、小松のマルブンでお昼。

お店に入ったら、いきなり魔女(かわいい)のお出迎え。

ハロウィンってことで、店員さんがいろいろ仮装してました。
店内もハロウィン一色。
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ハロウィン限定メニューがいろいろあって、
おもしろかったのでたのんだのが上の黒いオムライス。
ハーフサイズで430円。
イカスミのオムライスってことですが、味は普通のオムライスとかわらん感じ。
おいしかったけど、ランチメニューに追加でたのんだのでお腹満タン。

ランチメニュー(日曜もやってる)。
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オムライスランチとパスタランチをそれぞれ注文。980円です。
セットメニューの中から2つのメニューを選べます。

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2011年10月28日 (金)

海の幸のうどんやさん。

海の幸のうどんやさん。

山口県。山陽道の佐波川(さばがわ)SAにある、屋台のうどん屋さん。
外のテーブルでいただきます。
プラスチック容器でチープな感じですが、それも良し。

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とろろうどん480円を大盛りで100円プラス。

ダシがかなり甘かったけど、なかなかおいしかったです。
高速移動中のホッとする味。なお、麺はカッチカチの麗等です。

追記:
別の日に食べたたこ天の入ったやつ。
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2011年10月23日 (日)

洞春寺。井上馨の墓、大内盛見の墓。

洞春寺裏の墓地に。

井上馨のお墓を探していきます。

お寺の墓地にはたくさんのお墓がありますので、
誰かのお墓を探すというのは大変だったりしますが、
(前に秋山好古のお墓探すのに苦労した)
いちばん奥にありました。井上馨のお墓。
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幕末の志士としても活躍。明治政府では要職を歴任。
大正四年に静岡県で逝去。
墓は東京にあるが、分骨されて、故郷にも墓がつくられたもの。

立派な墓石でした。
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毛利元就の菩提寺、洞春寺。

香山公園・枕流亭の説明板を見ると、
すぐそばにある洞春寺に井上馨のお墓があるとのこと。

行ってみると、香山公園の敷地のすぐ横にお寺がありました。

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洞春寺は、毛利元就の菩提寺なんだそう。

毛利元就。安芸郡山城にて75歳で没。
墓は郡山にあり、菩提寺も近くに建立されたが、
関ヶ原後の毛利氏の防長移封に伴い萩城内に、
さらに山口に移された。とのこと。

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ここには人がほとんどいなくて、
瑠璃光寺に行った後だけに、閑散とした雰囲気を感じました。

境内左手にある建物が必見のようです。
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洞春寺観音堂(国重文)。
1430年、大内持盛(もちもり)時代、
滝の観音寺の仏殿として創建されたものが、
1915年に、ここに移されたものだそうです。

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2011年10月22日 (土)

枕流亭と露山堂。

さすが山口、長州藩。維新の史跡がいたるところにある感じ。

おなじく香山公園の敷地内にある建物。

こちら枕流亭(ちんりゅうてい)。P1040253
元々は近くを流れる一の坂川の河畔にあったので枕流亭(昭和35年移築)。
それなりに趣のある昔ながらの建物ですが、
現地の説明書きによると、この建物の階上において薩長連合の密議がなされたと。
長州から、木戸孝允、広沢真臣、伊藤俊輔、品川弥二郎。
薩摩から、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らが集まったとか。

これはすごい歴史を持った建物やねー。

中にも入れます。これが二階。
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薩長の志士オールスターが集まった場所ですよ。

当時の間取り。
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一階に、史跡案内の地図とかがあって、
近くに井上馨の墓があるのを発見。後で行こう。

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香山園・毛利家墓所と勅撰銅碑。

瑠璃光寺のある一帯は香山公園として整備されていて、
広い敷地内にはいろいろ見どころが点在してました。

大内義弘像の前を通って、五重塔の反対側に歩いて行くと、
そこにあるのが、うぐいす張りの石畳とよばれる場所。
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この奥に毛利家墓所があります。
うぐいす張りと呼ばれる所以は、
このあたりで手を叩くか、強く足踏みをすると、
美しい音がかえってくるとのこと。
前方の石垣や石段に反響するのだそうです。

やってみると、確かに渇いた音がこだまします。
墓所ということもあり、静謐な雰囲気が漂ってますが、
来る人来る人が、手をたたいたり足を踏みならしていて、わりと騒がしい。

石段を上ると毛利家墓所。

十三代敬親(たかちか)をはじめ七基のお墓が並んでいます。
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萩にも墓所があるそうですが、
こちらのお墓は、かたちが変わってて、土饅頭の前に墓石が立ってます。
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こんなお墓、はじめて見たけど、なかなかうつくしい形。
手入れが行き届いていますね。

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2011年10月18日 (火)

大村益次郎の墓。

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大村益次郎のお墓。
ここを訪ねていったら鋳銭司郷土館というのが思いのほかすごくて、
様々な貴重な資料を見ることができて、いい一日になったわけです。

郷土館の人に地図をもらって、
歩いても12分ちょっとらしいのですが、
車がいいかもしれないと言われたので車で。
時間は、5時を少しまわったところでした。

離合できないような道を山に入って行って、
駐車場があると言ってましたが、ちょっと広い空き地がある感じ。
道はお墓のところで行き止まりになってます。

これがお墓。
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明治2年9月に京都で凶刃を受け、同年11月にその傷がもとに死去。
その遺骸は船で故郷に帰り、この地に埋葬されたそうです。
幕末の偉人で、故郷に埋葬されるのはめずらしいのではないでしょうか。
分骨とか遺髪だけとかで、お墓は故郷にもある人は多いですが。

お墓は2つ並んでいて、向かって左側が大村益次郎。
右側に奥さんのお墓があります。
司馬さんの小説では、恐妻家として描かれていたと思いますが、
お墓は仲良く2人ならんで建てられたんやね。

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益次郎の墓石には、「故兵部贈従三位大村永敏」。
ちょっと文字が読みにくくなってます。

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大村益次郎を祭る大村神社。

鋳銭司郷土館のすぐ隣。
大村益次郎を祭神とする大村神社があります。

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なかなか立派な神社。

もともとは明治5年に墓のそば(もう少し)山の方に建てられていたものが、
昭和21年にこの場所に移されたものだそうです。

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境内はなかなかきれいにされていました。

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益次郎の肖像画や写真が飾られていました。

正面には長沢池が広がっていて、境内から良く見えます。
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大村益次郎の故郷、鋳銭司郷土館。

大村益次郎の生まれ故郷、鋳銭司(すぜんじ)村。

司馬遼太郎「花神」を読んだときに目にした地名。
山口県の本を見てたら、鋳銭司村に大村益次郎のお墓があるとのこと。
今日の夕方、ちょっと時間があったので行ってみました。

最初に行ったのは、鋳銭司郷土館というところ。
山口南ICを降りて田園風景を貫く国道を進み、
とても大きなため池の手前を曲がって山の方へと入って行きます。

ガイドブックとかに大きく載ってなかったので、
やりよるかやりよらんかわからんくらいな小さな施設を想像していましたが、
わりときれいな建物で、駐車場も10台以上分はありました。

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資料館というより公民館みたいな建物。開かれた感じを受けます。

入場料100円を払って入場。
どっから来たか聞かれたので、四国からと答えたら、
山口のパンフレットをいろいろくれました。
あと、大村益次郎のビデオ映像を見るようにすすめられ、
ビデオのスイッチを入れてくれました。なんかいい人たち。

ビデオを見た後、大村益次郎の展示室に。

展示室に入ってすぐ、益次郎の像があります(なかなか立派)。
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靖国神社にある銅像を二分の一に縮小したものだそうです。

それにしてもまゆ毛の立体感がすごすぎ。
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顔から飛び出ちょうもんね。まゆ毛。

肖像画もたしかにそうながやけど。
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まさに「火噴き達磨」。
見た目も性格も異端やったことやと思います。

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雪舟の像。

これも瑠璃光寺境内に。

画聖 雪舟(1420-1506)。室町時代の水墨画家・禅僧。
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備中(岡山県総社市)生まれ。
長じて僧となり、京都の相国寺にて禅学とともに画技を学ぶ。
40歳前後で山口に移り、守護大名大内氏の庇護を受け、
雲谷庵に居を定め、画筆に親しんだ。
その後、明に渡航。帰国後の晩年は山口に居住。

近くに雪舟庭というのもあるらしいので、機会があったら行ってみたい。

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2011年10月17日 (月)

大内弘世の像。

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瑠璃光寺の境内にある像。

大内弘世(ひろよ)。義弘の父。

中世西日本の守護大名として勢力をもっていた大内氏二十四代当主。
室町幕府の重臣として、度々上京しているうち、京都の風情を好み、
地形の似た山口盆地に、京都になぞらえた町づくりをした。
これが「西の京」といわれる山口の町の誕生である。とのこと。

山口という町も歴史的には古いんやね。

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昭和55年の建立のようで、
最近の像にあるような力強さはありませんが、
なかなか良い感じの威厳があります。
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山口市の国宝、瑠璃光寺五重塔。

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山口県山口市。
県庁所在地ですが薄い印象。
前に山口に遊びに行った時も下関と萩にしか行ってないし。

山口市のガイドブックを見ると、
どれも五重塔がいちばんに紹介されているので、
その五重塔に行ってみました。

瑠璃光寺(るりこうじ)という、なんともまばゆい名前のお寺。
その境内に五重塔がありました。

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山口県庁のすぐ近くにあります。

立派なお寺で、この広い境内。
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広い駐車場もあるし、観光バスもたくさん来てます。

境内入ってすぐのところ。

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池の奥に、これはうつくしい五重塔(ごじゅうのとう)。すばらしい!

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2011年10月16日 (日)

伊藤博文銅像。

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これも同じ場所。

伊藤公資料館の敷地に入ってすぐのところ。
旧伊藤博文邸の正面に対面するかたちで銅像が立っています。

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なかなかいい銅像。

小柄な体躯ながら強さを感じさせる立ち姿が、
維新の戦乱をくぐり抜けた志士あがりの政治家を思わせる。
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遠き地で凶弾に倒れ、洋館の完成を見ることのできなかった博文のため、
洋館を正面に見る位置に建てられた像なんだそうです。
平成16年建立と、わりと新しい像。

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伊藤博文生家。

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伊藤公資料館の左隣りに旧伊藤博文邸の洋館があるのですが、
その反対の右隣りにあるのが、復元された博文の生家。

生まれの良くなかった伊藤博文ですが、たしかに普通の農家。
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貧なれども楽しげな家族の食卓が再現されています。
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奥の子どもが博文(幼名:林利助)。

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旧伊藤博文邸(伊藤公記念館)。

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前記事にあった伊藤公資料館の隣の洋館です。

旧伊藤博文邸をいうことですが、
本人はこの建物を寝起きしたことはなく、
工事中に凶弾に倒れたため、目にすることもなかったそうです。
そもそも建築の目的が一族の法要なのだとか。
故郷に錦を具現化した建物なのかもしれんね。

中に入ることができます。

まさに和洋折衷。洋間と和室が混在してます。

洋間。
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座敷。
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廊下がなんか感じ良かった。
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2011年10月15日 (土)

伊藤公資料館。伊藤博文の功績。

山口県光市。
前に一般道でこのあたりを通っていた時に
伊藤博文の資料館の道路看板を目にしてて、
機会があったらのぞいてみようと思ってました。

その機会は先週末。
高速で帰って来る途中。光市で途中下車。

ICの降り口からしっかりと案内板がありました。
田舎道をしばらく走るとトイレと駐車場があって、
その向かいに立派な建物が。

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中国地方は雨でした。

なんで伊藤博文の資料館がこんなとこにあるのかと思ってましたが、
ここが伊藤博文の生まれ故郷なんだそうです(9歳で萩に転居)。

手前の建物は、旧伊藤博文邸。奥が資料館です。
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もう前の前になるがか。千円札の肖像画やったがよね。
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調べたら、昭和59年から夏目漱石、平成16年から野口英世。
夏目漱石なんかこの間のような気がするけどね。

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2011年10月11日 (火)

咸陽島で見る夕日。

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花火の日に帰ったとき、時間があったので咸陽島に。
島のシルエットがなかなか美しいね。

小学生の頃は、遠足の定番やった咸陽島。
ここと球場が定番やったことを考えると、
なんというさびしい遠足なのかと思うけど、
子どもんときはなんにも疑問をいだかんかったね。日常やったわ。

水族館があった風景は、今はきれいな公園に。
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海辺にはきれいなトイレとシャワー室もできていて、
海水浴場として整備されてます。が、来る人おるんやろか。

奥には、ビーチバレー用の砂浜みたいなのもできてました。
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宿毛の秋祭り、夜空を燃やす花。

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松田川寝ころんで見る秋花火。

この前の日曜。宿毛の秋を彩る花火大会でした。

松田川の河川敷の会場に行って、屋台でちょっとしたものを買って、
手作りのおにぎりやおかずやらも持っていって花火を見る。

川の対岸から上がる花火は、ちかいだけに迫力があって、
秋の涼しげな空気の中、気持ちが奪われるものがあります。

めずらしい花火はないですが、ときおりある連発花火がすごい。
今回は、途中、龍馬伝の音楽が流れるちょっとした演出もあり。

風がこっち向いてゆっくり吹いていたので、煙があまり流れんかったけど、
花火の光を奪って色をなす煙もまた風情。
頭から降りそそいでくる、燃えカスもまた風情。

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最後、連発に次ぐ連発は、ライブ会場のドラムソロのように音が響いてました。

なかなか良かった。三年連続で来たがやったろか。
秋の花火もいいもので、毎年の恒例になりつつある感じ。

当日は、郷土の星・豊の島の宿毛での披露宴と重なってました。
これが先場所後がないとこからの勝ち越しにつながったのかもしれんね。
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おめでとう。

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2011年10月 4日 (火)

頼山陽 史跡資料館。

頼山陽(らいさんよう)。

幕末の小説とかを読んでいると目にする名前。
広島にその資料館があって、そういうのは気になって行ってみる。

江戸時代後期の人。
1780年、大阪生まれの広島育ち。
脱藩後、連れ戻され邸内の離れの一室に幽閉される。

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幽閉されたのがこの建物。
原爆で焼失、復元したものが現在の建物だそうです。

頼山陽という人は、日本外史という本を書いて有名で、
その日本外史を書いたのが幽閉中のこの部屋だったとのこと。

表には、「頼山陽先生日本外史著述邸跡」の石柱あり。
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この石柱も原爆で折れたものを修復したものだそうです。

室内はこんな感じ。いかにも閑居。
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2011年10月 3日 (月)

広島お好み焼き、ふみちゃん。

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今日の晩ご飯。海鮮そば入りのダブル。

広島で食べるお好み焼きはおいしい。
四国で食べるのは、あくまで「広島風」なんやろね。

■ ふみちゃん
  広島県広島市中区堀川町

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2011年10月 2日 (日)

秋。

昨日の仕事帰り、うろこ雲がきれいやった。
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まったく秋です。
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